MOIRCSで探る銀河の起源



1. MOIRCS 〜 すばる望遠鏡の新しい目

MOIRCS(モアックス)は、近赤外波長域において、大口径(8~10m級)望遠鏡の中では世界最大の視野と世界初の多天体分光機能を持つ、すばる望遠鏡の新しい観測装置です。現在その総合パフォーマンスにおいてMOIRCSを凌ぐ観測装置は存在せず、したがって天文学上の数々の問題に対して大きなブレークスルーをもたらすと期待されています。
MOIRCSは汎用性に優れた装置であり、その対象は多岐に渡りますが、我々開発グループでは特に「銀河の起源」をキーワードとして観測を展開します。具体的には、宇宙で最初に形成された銀河の発見や、生まれて間もない銀河の星形成活動・クラスタリング強度などの定量的評価を通して、ダークマターに支配された銀河形成の黎明期に迫ります。さらに、現在の宇宙に繋がる、若い時代の銀河形態の進化、力学構造の解明、各時代での宇宙における平均的な星形成率と星質量密度の評価とその進化傾向の描出、そして多天体近赤外分光的手法でしか評価のできない、銀河形成後最初の10〜30億年間における銀河の化学進化の様子の解明、といったトピックについて、MOIRCSという、すばる望遠鏡の新しい目で研究を推進していきます。以下に、特に重要なトピックの幾つかについて少し詳しく述べ、最後にまとめたいと思います。

対象のトピック
  1. 最遠方(=原始)銀河の発見と探査
  2. 高赤方偏移(z=2-4)における銀河の質量分布
  3. 高赤方偏移宇宙における星形成と化学進化
  4. 高赤方偏移銀河のクラスタリング進化
  5. 銀河の形態と星形成活動・銀河形態の進化
観測領域

終わりに


最遠方(=原始)銀河の発見:赤方偏移z>7の天体探査

 宇宙で最も遠い銀河、すなわち宇宙誕生間もない時代の原始的な銀河の検出は、現在世界中で一番を目指して研究が進められています。2004年の3月には、ついに赤方偏移(z)が2桁(z=10)に突入しました。このような、z>7の銀河はまさに生まれたばかりです。こういった最遠の銀河探しゲームに名乗りを挙げる事自体が興奮に満ちたものですが、同時に、できるだけ多くのサンプルを集めて、我々の銀河系の祖先ともいうべきこれらの銀河の一般的特徴を知ることが、サイエンスにとって重要です。
 MOIRCSグループでは、可視域において大きな成功を収めたLyman Break検出テクニック(drop out法)を近赤外多色広視野撮像データに応用し、さらに遠方の原始天体の検出を目指しています。予想される天体の明るさは極めて暗く、数密度も大変小さい( <100個/平方度)と予想されていますが、大口径望遠鏡では世界最大の視野の広さを持つMOIRCSによって、我々は現在世界最深の撮像データと同じレベルの深さ(Ks~25mag:3s)で、これまでよりも10倍以上の視野の広さを有するデータを手にすることが可能となります。それでもこの様な原初銀河の検出は大変難しいと予想されますが、MOIRCSの結果は、このような超遠方銀河の数密度に対して、これまでにない極めて強い制限を与える事ができるのです。


高赤方偏移(z=2-4)における銀河の質量分布

 これまでの可視域による深い撮像データにMOIRCSのデータを追加すると、赤方偏移2-4という非常に遠方の宇宙にある若い銀河を高い信頼性で検出し、その中の星質量を推定する事が可能になります。宇宙で最初の銀河が形成されて以来、銀河は継続的にガスを星に変換し続けてきました。この積分として宇宙にどの位の星質量が蓄積されているのかを評価することは、観測の難しい遠方宇宙の星形成活動の全貌を明らかにする上で重要です。それはさらに、宇宙における化学進化史を理解する上でも重要な評価となるでしょう。また、若い時代の宇宙において、星形成活動は銀河や銀河団といった構造形成と強く結びついていますから、早期宇宙での星形成史の評価は、ダークマターによって支配されている構造形成過程の解明にも関連するのです。MOIRCSにより広さと深さの両方が同時に達成されるデータが得られる事によって、これまでの研究よりも数段信頼性の高い結果が得られると期待されています。
 この分野においてMOIRCSが最もすばらしいのは、大口径望遠鏡では世界初の多天体近赤外分光観測機能の存在です。超遠方銀河は大きな赤方偏移を受け、銀河の運動情報をもたらすスペクトル線が近赤外域にシフトしています。これまでの近赤外分光装置は、一度に1個か2個の銀河しか近赤外分光ができず、たくさんの銀河の研究は膨大な時間が必要でした。MOIRCSの登場によって、我々は一度に最大約50個という数の銀河の分光が可能になります。サーベイ効率のゲインは、実に数十倍に達します。MOIRCSはその近赤外多天体分光能力を生かし、多くの遠方銀河について、ガスや星の運動状態、銀河の力学質量といった情報を我々にもたらすでしょう。それらの大規模分光観測の結果から、ダークマターに支配された銀河形成初期の、最もダイナミックな時代に対する理解が飛躍的に進むと期待されています。


高赤方偏移宇宙における星形成と化学進化

 上のトピックに類似しますが、遠方にある銀河を観測する場合、その赤方偏移によって銀河の重要なスペクトル線が全て近赤外域にシフトしています。ですので、原始銀河の化学的な状態を詳細に知りたい場合、我々は近赤外分光が必要になります。
 MOIRCSは、赤方偏移 2-5 という若い時代の星形成銀河や輝線銀河、さらには遠方クェーサーや電波銀河周辺の「銀河形成領域」における星形成銀河の近赤外線多天体分光をおこなって、それらの星形成率(輝線強度の測定)、金属分布量(輝線強度比の測定)、ガスや星の運動状態などを系統的に調査します。これまでの遠方星形成銀河の分光学的研究は、可視域(すなわち銀河にとっては紫外線)での評価がほとんどだったため、結果には大きな不定性が伴っていました。MOIRCSの多天体近赤外分光機能の登場で、初めて我々はこのような形成間もない若い銀河の本当の姿を観測することができるようになるのです。高赤方偏移天体からの輝線は非常に暗く、1天体当りの輝線観測に必要な積分時間は、すばるなどの 8m 級望遠鏡をもってしても数時間にもなります。一度に1−2個の銀河しか分光できなかったこれまでは、多数の銀河の近赤外分光はほぼ不可能でした。MOIRCS多天体モードによってサーベイ効率が数十倍にも高まった時、我々は一体何をそこに見出すでしょうか。宇宙の真の姿を見出す装置として、MOIRCSの役割は大変大きいのです。


高赤方偏移銀河のクラスタリング進化

 銀河が光る天体として形成されるには、その背後にある莫大な量のダークマターが重要な役割を演じると考えられています。インフレーション時極めて一様だった宇宙は、その後急速に初期密度ゆらぎを成長させていきます。まずダークマターハローが形成され、そこにバリオン物質のガスが落ち込んで行きます。そのガスが臨界密度を越えたとき、星形成が始まり、最初の銀河が形成されます。この工程は、より大スケールのゆらぎに乗ったハローから先に始まると考えられており(バイアスされた銀河形成)、観測的にも銀河のクラスタリング(集まり方)の評価によって支持されつつあります。クラスタリングの進化は、ダークマターに支配された宇宙における構造形成過程の直接の反映ですから、その振舞いは銀河質量に強く依存するでしょう。しかし、これまでの研究はもっぱら可視域で(つまり銀河にとっては紫外域で)行なわれてきたため、質量とクラスタリングの関係の信頼できる評価は困難でした。MOIRCSは、遠方銀河の星質量・力学質量を求めるのに最適な装置です。これまでの数〜10倍に及ぶ広視野、すばる望遠鏡の大口径による深さ、そして数十倍になった分光効率によって、我々ははじめて、この宇宙初期の構造形成過程のより具体的かつ信頼性の高い評価(質量依存性・光度依存性・色依存性)が可能になるのです。


銀河の形態と星形成活動・銀河形態の進化

 遠方銀河の形態を観測することは、地上望遠鏡では、よほどの好条件の下でない限り困難です。そのため、この分野ではハッブル宇宙望遠鏡の独断場でした。しかし、我々が次第に遠方の銀河を見始めた時、小口径で極めて限られた近赤外撮像能力しか持たないハッブルは、役不足になりつつあります。特に赤方偏移z=1~4にある銀河においては、淡い銀河の正しい形態情報を得るには、最先端の技術を投入した大口径地上望遠鏡が重要です。
 すばる望遠鏡は世界最高の観測条件を誇るハワイ・マウナケアにあり、最高の条件下では、ほとんど宇宙望遠鏡と同じ解像度の近赤外撮像能力を発揮します。MOIRCSは、1視野当りの面積がこれまでのすばるの類似観測装置の約7倍もあるため、稀にしか起こらない最高の気象条件を、最大に生かす事が可能になります。
 銀河の形態は銀河天文学の基本量の一つです。そして形態がいつどのように決定されるのかという問題は、今なお未解決の問題です。好条件のデータを集約し、上に挙げた銀河の質量・星形成活動・クラスタリングなどの定量解析に形態の次元を追加し、上に挙げた各主題との融合を図るのが私達の狙いです。MOIRCSグループは銀河形態に関してはこれまでの多くの研究実績があり、特にこの部分に大きな期待を込めて開発を進めてきました。すばる望遠鏡のほかの装置との連携も含め、MOIRCSによって銀河形成の諸問題の解決と独自の視座の開拓を目指します。



観測領域

 MOIRCSグループの主観測領域として、我々はすばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡などによる、良質な非常に深い可視多色データが存在している所を想定しています。特に銀河形態の研究においては、可視多色撮像データと、宇宙望遠鏡あるいはそれに順ずるクオリティのデータが存在する場所が不可欠です。観測が始まる時期を見ながら、リストされた複数の候補領域の中から最適なものを選んで観測を実行していく予定です。

 主観測の合間に小さな単位の観測も実行します。これはすばる望遠鏡のスペックとMOIRCSの視野の広さ・多天体撮像能力というものを生かす事が可能な複数のテーマから選択され、観測可能性とスケジュールとを見て実行します。これについてはグループ外部の理論・観測系研究者との共同研究も積極的に受け入れて行こうと考えています。

終わりに

 MOIRCSは装置開発フェーズに一定のメドがつき、いよいよサイエンスを実行する段階になりつつあります。これから観測天文学を志す学生の皆さん、自分の新しいアイデアで世界にはばたいてみませんか?
 装置開発グループとして、我々は常に新しい観測装置の開発と提案を行ないます。一緒に研究や装置開発をしたいという積極的な学生は、常に歓迎しています。ぜひ、一緒に新しいサイエンスをやっていきましょう。



テスト中のMOIRCS 2004年5月某日

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2004年5月作成
文責:田中壱・市川隆