南極における赤外線天文学の開拓

最終更新 2013年7月29日

計画の概要パンフ

最近の研究発表

極寒の乾燥した南極は地球上で宇宙に開かれた最後の窓であると言われています。低温のため、大気からの赤外線雑音が非常に小さく、また水蒸気量が極端に少ないので赤外線からサブミリ波における大気の透過率が極めて高い場所です。南極というとブリザードが吹き荒れるというイメージがありますが、それは南極大陸の周囲の場所で、内陸のドームと呼ばれる標高3000m以上の氷床(何百万年にもわたって降り積もった雪が凍った高原地帯)は風が穏やかで、毎日晴れの日の続く大変天気の良い所です。この場所は常に高気圧帯にあるため、安定した大気が続き、星像も乱れません。当然大気の温度も大変低いので、赤外線観測で最も大敵な大気からの赤外線放射が小さく、南極の標高3000m以上の高原に置かれた口径2mの望遠鏡は、赤外線でハワイ島マウナケア山(4200m)にある口径8mのすばる望遠鏡とほぼ同等の性能を発揮すると期待されています。そこで南極に口径2m級の赤外線専用の望遠鏡を建設して、次の研究を行うことを計画しています。

(1) 80億年から120億年前の宇宙地図の作製
かつて、大航海時代に地の果て(当時の宇宙の果てと言える)まで行って、地球の地図を作ることで、新しい文化と自然を理解しました。その後、太陽系の地図を描くことで、地球が宇宙の中心にないことを知りました。このように、より遠くの宇宙の地図を描くことによって常に新しい発見と人類の意識の変革がありました。私たちは1600万画素の赤外線センサーを使って、波長2.3μm、3.0μm、3.8μmの近赤外線で宇宙の広い範囲で観測を行い、宇宙が始まって10億年たった時代から現在に至るまで、銀河がダークマター(暗黒物質)の中でどのように進化してきたか、またどのように銀河団や大規模構造などの集団を形成してきたかを解明します。豊富な観測時間によって8m級望遠鏡では困難な近赤外線による広域探査が可能となります。

(2) 地球型系外惑星の水蒸気の検出
惑星が主星の前を横切る時、後ろに隠れる時に主星の明るさがわずかに変化します。この変化をとらえて惑星の探査を行います。この方法をトランジット法と言います。現在、系外惑星を探査する方法として注目されています。太陽以外の星に地球型の惑星を見つけ、生命の存在を知ることは人類の究極のテーマです。系外惑星探査、特に地球型のように長周期天体の探査は長期間連続して観測できる場所での観測が不可欠です。南極での極夜は連続して4ヶ月以上の観測が可能であり、周期が100日の系外惑星の観測も効果的に行うことができます。また惑星大気は赤外線帯にCO2、CH4、H2Oなどの分子の強い吸収帯を持ちます。この波長に合わせてトランジット法を応用することで、惑星大気の分子の存在や大気の厚みに関する研究を行うこちが可能となります。南極は大変乾燥した所なので、地球大気の水蒸気に邪魔されずに、地球型惑星に水蒸気が見つかるかもしれません。もし大気に水蒸気が発見されれば、生命存在の可能性が高まり、夢が膨らみます。トランジット法は高い測光精度を必要とするので、特に南極の安定した大気が有効です。このように分子よるトランジット法を応用するサイトとして、南極は地球上で最も優れた場所と言えます。

望遠鏡を建設するためには基礎的な技術開発とサイト調査のための装置の開発を行う必要があります。国立極地研究所を中心として日本が開発を進めている南極の氷床「ドームふじ基地」は標高が高く(3810mで、最高峰の4090mに近い)、大気の透過率も高いと予想されています。しかし星像の乱れなどの天文学的条件に関するデータがありません。そこで、ドームふじの天文学的気象条件(シーイング、測光夜数、背景光の明るさ)の調査を行うために、サイト調査を行っています。


赤外線波長での天体観測の障害は、大気90km上空からのOH輝線(波長2μmより短波長)、大気そのものが発する赤外線、雲や大気中の水蒸気による吸収です。大気からの赤外線を避けるためには大気温度の低い地域が良いことは自明です。また、大気中の水蒸気量は低温地域ほど少ないはずです。すでに赤外線望遠鏡が設置されている世界で最も優れた赤外線観測地はハワイ島マウナケア山(標高4200m)です。極めて乾燥した土地なので透過率が高いのが特徴です。しかし年平均気温が0度程度なので、大気からの熱放射は大きいのが難点です。

南極の昭和基地から1000kmの内陸側に国立極地研究所のドームふじ観測拠点があります。ここは地理的に標高が3810m、気圧標高が4200〜4300mの氷の上という南極大陸の基地では最も高いところにあります。平均気温がマイナス55℃(最低気温はマイナス80℃、最高気温でもナイマス20℃)という極寒の地であり、地上では最も赤外線放射率が低く、水蒸気による吸収が少ないことから、赤外線からサブミリ波の観測に最適な、宇宙に開かれた最後の窓と言われています。南極の大氷床は空気が冷えて安定成層を成し、下降流が常に流れる高気圧下にあります。低気圧が侵入できないため、年間を通じて晴れの日が多く晴天率は85%以上、風速も年平均5.8m/s(上空10mでの観測)と穏やかです。その結果、大気の揺らぎも小さく、星像も乱れないと期待されます。実際、2013年の観測で、世界で最も星の像が安定していることがわかりました。口径2m以上の望遠鏡では、波長2μm以上で回折限界を達成します。大気が安定している、透過率が高い、背景放射が小さいことから、南極の高原地帯での近赤外線での検出限界は、計算の上ではマウナケア山にある8m望遠鏡に匹敵するとことになります。本当にベストサイトかどうかを実際に測定しています。

外国グループの状況はどうでしょうか。これほど良いサイトならば、多くの天文研究者が注目するはずです。

かつて標高2840mの南極点に口径60cmの赤外線望遠鏡が設置されましたが、天候・シーイングとも悪く、現在は観測は行われていません。一方、オーストラリアを中心して、磁極に近いフランスとイタリアの基地ドームC(標高3250m)には40cmの可視光望遠鏡が設置され、越冬観測が進行中です。中国はオーストラリアと共同で、ドームAに小型の望遠鏡を設置して、観測を開始しました。2006年8月にIAU総会の特別セッション「Astronomy in Antarctica」に参加しました。議論の中で、私たち日本の「南極天文コンソーシアム」の活動を紹介し、ドームふじにおけるサイト調査に極地研と南極コンソーシアムがイニシアティブを取ることを伝えました。2008年にはSCAR (the Scientific Committee on Antarctic Research, 南極における研究の世界組織)の南極における重要なサイエンス(Scientific Research Programs、現在5件)のひとつに天文学が加えられました。日本も活動のメンバーに加わっています。2010年8月にアルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれたSCAR(南極科学委員会)の総会では、日本代表として市川が天文セッションのコンビーナとなり、南極における天文学研究の将来性についてアピールしました。 2012年8月、北京での国際天文連合総会に合わせて開催されたIAUシンポジウムでは、初の全世界レベルでの南極天文学を扱ったシンポジウムが開催されました。今後も全世界の研究者が協力して、南極天文学の開拓を進めていきます。

日本グループの活動

サブミリ波においては、地球上で最も透明度が高い利点を生かして、筑波大学の中井直正教授が10m級のテラヘルツ望遠鏡を設置し、遠方宇宙を観測する計画を推進中です。名古屋大学では南極に最も適した安価で軽量、運搬が容易な望遠鏡架台を開発しました。東北大大学院生の沖田と国立天文台の高遠が2010/11の第52次南極地域観測隊に参加して、ドームふじ基地に天体観測所を開設しました。この時、オートスラリア・UNSW大学のグループの開発した越冬用自動発電装置PLATOを設営しました。2011/2012第53次では、夏隊としてして市川が、越冬隊員として大学院性の小山が参加し、昭和基地で40cm赤外線望遠鏡のテストや観測ステージの仮組試験などを行いました。2012/2013第54次観測隊には越冬開けの小山と再度沖田が参加し、ドームふじ基地に9m高ステージを建設し、その上に観測室、40cm望遠鏡とシーイング観測装置を設置ました。日本からのリモート観測に挑戦しています。
検出限界、空の明るさ、透過率


ドームふじ天体観測所(2013年1月現在)





参考資料

実験報告
PLATO (the PLATeau Observatory for Dome F)
研究会報告

2013年9月12日 南極赤外線望遠鏡ワークショップ
2013年6月10日 国立極地研究所第10回設営シンポジウム
2012年10月30日 光赤天連公開ヒアリング 「南極中口径赤外線望遠鏡計画」
2012年9月10日赤外線・テラヘルツ干渉計シンポシンポシジウム「ドームふじ基地での赤外線観測」
2012年8月9日光赤天連シンポジウム「南極赤外線望遠鏡計画 -進捗状況-」
2011年11月15日 国立極地研究所第2回極域科学シンポジウム「ドームふじ基地における天文学の現状」
2011年9月22日日本天文学会秋季年会「南極天文台の進捗状況」
2011年6月3日第8回南極設営シンポジウム「ドームふじ基地における 天文自動観測システムの設営」
2010年9月15日第4回南極観測シンポジウム「第52次隊による ドームふじ基地における天文観測計画 」
2009年6月5日 極地研設営シンポジウム「ドームふじ基地での望遠鏡の着霜対策」
2008年6月6日極地研設営シンポジウム「ドームふじにおける天文環境調査用ユニットの設置」
2008年4月 2007年度開発経過報告
2008年2月8日-18日南極40cm望遠鏡の北海道陸別町での試験観測
2007年6月15日 南極研究観測シンポジウム−次世代の南極観測に向けて−
2007年4月 2006年度開発経過報告
2007年3月28日日本天文学会春季年会
2006年10月20日 極地研「南極雪氷基本観測小委員会」
2006年8月4日 極地研 「極域宙空圏シンポジウム」
2006年6月2日 極地研 「第3回南極設営シンポジウム」
2006年2月8日 極地研究所での談話会
2005年12月22日 光赤天連シンポ講演